「ささやかなガールズトーク」

 公爵家ご自慢のサロンは、明るい日差しに心地よいソファが出迎える。
 そこにお茶とお菓子が揃えば、新婚の妻同士、話が弾まないわけがない。
 元公爵家令嬢リネットは、お客さまとしてやってきた王子妃のエルフィンディア―ディアをもてなしながら、女だけの話に花を咲かせていた。
「本当はね、公爵家を出るつもりでいたから、ディアに市井で働く処世術身を教えてもらううつもりでいたの」
 リネットが内緒話を打ち明けるように言うと、ディアは菫色の瞳を瞠った。
「処世術って……わたしだって、実家暮らしで働いていただけだもの。お役に立てたかどうか……」
「でも、普通の伯爵令嬢は、いくら実家が借金まみれでも、自分で働いたりしないでしょう? ディアは偉いわ……わたしもお兄さまに習って株の投資はね、なんとかできるのだけれど、あれは元手がいるでしょう? ランドルフお兄さまの元を離れたらできないのもと思って……」
「金持ちセレブだわ……」
 なんの気ないリネットの発言に、ディアが呆然と呟く。
「そうなのかしら?」
 公爵家は確かに金持ちだ。
 しかし、ディアの配偶者であるクロードだって、負けていない。なんといってもこの国の世継ぎの王子だし、商才だってランドルフといい勝負なのだ。
 ディアのいう『金持ちセレブ』の条件を十分満たしているはずだ。
「そ、それでね……ディアに聞きたいんだけど、男の人ってなにを喜ぶのかしら……この間、ランドルフお兄さまから誕生日プレゼントをもらったんだけど……わたしもお兄さまの誕生日にお返しがしたくて……」
 これまでずっと兄への誕生日プレゼントを選んできたけれど、せっかく結婚したのだ。
 兄へではなく、旦那さまへのプレゼントをあげたいと思うのだが、子どもの頃からずっといっしょに過ごしているせいか、立場が変わったからといって、これといった特別なものが思い浮かぶわけでもない。
 ただでさえ、公爵家の御曹司であるランドルフはお金で買えるものならなんでも持っているのだ。
 ディアはわかったとでも言うように手を打って、したり顔で言う。
「やっぱりここはロマンス小説での王道を貫いて、リネットにリボンをつけて『わたしをプレゼントするわ!』って言うのよ!」
「ええっ!? そ、そんなの、できないわ! それに、お兄さまが喜ぶかしら?」
 乗り気になれないリネットに、ディアがたたみみかける。
「あんなにシスコンのランドルフ卿だもの、問題ない……っとと、シスコンはさすがにもうおかしいわね」
「いいのよ……そんなに簡単に、イメージを変えられないでしょう? でもそれくらいなら、なにか自分で刺繍をしてさしあげたり、特別にお菓子を作ってあげたらどうかしら?」
 リネットは人差し指をあごに当てて、うーんと考えこむ姿勢を見せる。
 ディアもリネットの言葉に乗り気になって、話を広げる。こういうところで、なぜかディアとリネットは妙に気が合うのだった。
「なるほど、サプライズプレゼントを時間をかけて用意する……悪くないわ。毎日ハンカチに刺繍をして、それをプレゼントね。でも見つかったら台無しだから、こっそりと準備しているのをランドルフ卿は『最近妻が冷たくて』なんて誤解するところね……乙女チックの王道展開だわ!」
「そうね……その展開も悪くないわね!」
 リネットとしても劇でよく見かけるシチュエーションに気持ちが盛りあがる。


 そんなふたりのガールズトークを少し離れた場所で見守っている視線が二組。
 リネットとディアははしゃいで、自分たちの声が高くなっていることに気づいていないのだった。
「つまり俺はリネットがなにか様子がおかしそうにしていたら、見て見ぬふりをして、しかも手作りのケーキでもなんでも出されたら驚いてやらなければいけないわけだな」
 赤い癖毛の貴公子ランドルフがあきれた声を上げれば、隣に並び立つ黒髪の眼鏡王子はくつくつとのどの奥でさも楽しそうに笑った。
「まぁ、そういうことになるだろうな」
 きゃいきゃいと嫁ふたりが楽しそうにしているから、いつもは自分の嫁にべったりのランドルフとクロードも、さすがにそのなかに入っていけないでいる。
「他人ごとみたいに言って……クロードにだって、ディアがいつサプライズプレゼントをしてくるかわからないだろうに……それとももうしたか? おまえ、ちゃんと騙されてやったのか?」
 ランドルフが痛烈に言い返すと、クロードはうっと言葉に詰まった。
「まだなにもされてはいないが……しかし」
 ディアは表情豊かで、あまり隠しごとが得意じゃない。
 その見え見えの準備を含めて、見て見ぬふりを貫けるのかと聞かれると、クロードとしてもさすがに言葉に詰まる。
「ふん、つまりこれは……妻たちからの宿題だな」
「見て見ぬふりのスキルを上げろって?」
 苦悩する夫たちをよそに、サロンにはずっと妻たちの楽しそうな笑い声が響いていたのだった。
 
〔fin.〕

 
〔眼鏡王子の溺愛×罠-ハニートラツプ〜王宮図書館のミダラな昼下がり(ティアラ文庫)〕
〔お兄さまが旦那様!? 公爵令嬢の悩ましく甘い新婚生活 (ティアラ文庫) 〕番外編SS
眼鏡王子のコミカライズとのフェア用に
書き下ろした短編と対になった話。
実はフェア用には文字数が足らなかった(^^;)
そちらは男性陣のお話になっています。
一人一人愚痴をいう形式はどうだろうと思ったのだけど、
ディアはあまり愚痴を言う性格ではなくて、頓挫しました。
同人誌に載せたものです。
紙の本は本の体裁で読むためのものとして発行しております。ご了承ください。


公開日:2016年9月9日

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